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人間の記録

この『妻の貌』は映像作家川本昭人の集大成となる作品である。
川本さんは、一貫して家族に拘わってきた作家だが、つねに中心に置かれたのは川本本人であった。
父や母や、子供たちを描いてきたが、それはすべて妻をとおしてであった。川本さんのものの考え方や、家族への思いやりは、妻の目をとおしてであった。
川本さんは、結婚して以来、妻を見守りつつ、その姿を描いてきたが、そういうことが出てきたのも、妻とともに生きながらであるから、まったく個人的な作品であり、アマチュア映像作家ならではのことである。
そういう条件の下に作られた作品は、もはや作品と呼べるものではないかもしれない。人間の記録といえるだろう。
わたしたちはここに、あるひとつの日本の家族というものを見る。この中には虚構の場面は一つもない。真実の父と母が登場し、この映画の主人である息子が結婚し、その夫婦に子供が生まれ、さらに成長して子供たちが結婚し、孫の誕生となる。そして母は一家の者に見守られて永遠の眠りにつく。
こんな記録がどこにあろうか。世界にただ一つである。若かった妻の顔がしだいに老けてシワが目だつようになる。なんとそのシワの美しいことか。人の人生というものはこういうものかと、しみじみと生命の尊さを感じるのだ。一時間四十五分があっという間に過ぎてしまった。
これはまさに、人間とは何であるか、と問いかける人間の記録である。 |
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『妻の貌』の愛の賛歌

川本昭人さんは広島で酒造家としてやってこられた方です。半世紀にわたって家族の映画を撮りつづけ、その技倆は趣味の範囲を超えて専門家たちを驚かせ、感動させてきました。とくに被爆者であり、長年闘病しながら姑の介護などにつくす奥さんのキヨ子さんを撮るカメラの眼は冴えていて、彼女を中心にして描かれたこの家族の年代記は映画としても素晴らしい出来ばえです。家族に捧げる愛の賛歌として映画史に残る作品だと思います。 |
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アマチュアの執念のみごとさ

アマチュアでもプロでも、これほど長時間一人の人に密着し、撮り続けた例を私はほかに知らない。
カメラを向けられたら、家族の間であろうとも、本音は語りにくい。しかし長い長い歳月、カメラはキヨ子さんを追いつづけた。そこにあるのは妻への愛情、いとおしみであり、同時に作り手のエゴイズムではないだろうか。しかし、記録の持続性おそるべし。アマチュアの執念のみごとさに胸打たれる。 |
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『日本の女』の声

試写会で、広島に住む82歳の映像作家、川本昭人さんの映画『妻の貌』を観た。被爆による甲状腺癌を患う妻・キヨ子さんを中心に、家族を撮り続けたドキュメンタリーだ。長男の誕生以来、川本さんは、2人の息子の成長や結婚、孫の誕生や母の死・・・と、50年以上にわたって克明に家族の日常を記録している。だからこそカメラの存在が忘れられ、ありのままの家族の姿が表れる。原爆への憤りは底流にあるが、かといって単純な反戦映画ではない。 キヨ子さんは病身を押して13年間、寝たきりになった姑の介護をする。川本氏は「病人に病人を看させて心苦しい」と言いながら、その様子を撮る。縫い物をする、アイロンをかける、おはぎを作る、仏具を磨く、姑の髪を切る、姑の脚をマッサージする。キヨ子さんの日常の記録は、その「手の仕事」の記録だ。一つ一つの仕事を心をこめて行う、物静かな姿には品格が漂う。 最後の病院に運ばれる朝、姑は呼びかけても返事をしなくなる。「おばあちゃん、どうしたの、返事して」と姑の耳元で痛切な声をあげるキヨ子さん。担架の上で寝間着から出た姑の脚は白く艶々と輝いていた。何という偉業だろう。98歳の姑の脚をこれだけ美しく輝かせておくとは。 「負担じゃなかったのか」と問う川本さんに、珍しく妻が激高して言う。「あんたはパーじゃ。おばあちゃんは私をホントに頼りにしてくれた。あんたは私を、自分の仕事の肥やしにして」と感情をぶつけるのだ。試写室の男たちが笑った。私は涙が出そうだった。これは「日本の女」の声だ。夫との信頼関係があればこそ出せる声でもあろうが。
―――(日本経済新聞 09年6月2日 夕刊より) |
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被爆の記憶が世界的に薄れつつある今こそ

被爆者の脳裡に64年前の惨状がそのまま蘇るあの熱い夏の日が巡って来ました。原爆被害の全貌は未だ解明されておらず、被爆者の苦悩は今なお続いています。この映画が描く淡々とした家族の日々の暮らしと、その中に影を落とす原爆の影響の姿は、静かに、そして重く原爆の非人間性を訴えるものです。
被爆の記憶が世界的に薄れつつある今こそ、この作品を多くの皆さんに御覧頂きたいと思います。そして、私たちとともに核兵器や戦争のない平和な世界を創るために力を尽くし行動して下さることを心より願っています。 |
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普遍の人生を映し出す妻の貌

妻の貌は、個人的、政治的、普遍的な情景が無造作に組み立てられたパワフルで、心動かされる作品です。川本一家のホームムービーを見ているかと思うと、突然、原爆症と闘う家族の姿が包み隠さず映し出され、いつの間にか、私たちは、美、愛、誕生、家族愛、介護、虚脱感、怒り、病、死、人生の意味といった普遍的な問題に否応なく直面させられていることに気づきます。
全体を通じて川本さんは、あえて明確なメッセージを発信しているわけではないのですが、見る者はこれらすべてに関する川本さんの思いについて考えざるを得ず、それが私たちの内なる考えを模索することへと駆り立てるのです。これまでにない映画です。心を空白にしてこの映画と向き合うことを薦めます。 |
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